判例

H05.01.21 第一小法廷・判決 昭和63(オ)1733 貸金(第47巻1号265頁)

判示事項:

無権代理人が本人を共同相続した場合における無権代理行為の効力

要旨:

無権代理人が本人を共同相続した場合には、共同相続人全員が共同して無権代理行為を追認しない限り、無権代理人の相続分に相当する部分においても、無権代理行為が当然に有効となるものではない。



主    文

     原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
     前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。
     控訴費用及び上告費用は、被上告人の負担とする。
         

理    由

 上告代理人佐々木健次の上告理由について
 一 原審が適法に確定した事実は、次のとおりである。
 (一) 訴外Aは、昭和五七年二月二日、訴外Bから二〇〇万円の融資を依頼されたが、Bに対し、さきにAがBに貸し付け、未回収となっていた貸金債権六〇〇万円に金利を加え、これに依頼された新規の融資分二〇〇万円を加えた八五〇万円について、改めてBが借用証書を書き換え、上告人の父であるCがそれに連帯保証人として署名捺印することを求めた。そこで、Bは、上告人に対し、短期間内に自己の責任で債務全額の処理をすることを誓って、借用証書に連帯保証人としてのCの名による署名捺印を依頼した。
 (二) 上告人は、前同日、Cから代理権を授与されていなかったにもかかわらず、その了解を得ずにBの依頼に応じ、貸金額八五〇万円、借主B、弁済期昭和五七年四月二〇日、遅延損害金年三割、公正証書を作成すべきこと等を内容とする借用証書に連帯保証人としてCの名を記載し、預かっていた同人の実印を押捺し、同人が右貸金債務について連帯保証をする旨の契約(以下「本件連帯保証契約」という。)を締結した。
 (三) 被上告人は、昭和五七年五月一一日、Aから、Bに対する前記八五〇万円の貸金債権の譲渡を受けた。
 (四) Cは、昭和六二年四月二〇日に死亡し、同人の妻の訴外D及び上告人が、Cの権利義務を各二分の一の割合で相続により承継した。
 二 原審は、右事実関係の下において、無権代理人が単独で本人を相続した場合に限らず、無権代理人と他の者とが共同で本人を相続した場合であっても、その無権代理人が承継すべき被相続人(本人)の法的地位の限度では、本人自らしたのと同様の効果が生じるとした上、本件においては、Dと無権代理人たる上告人とが、金銭債務について、本件連帯保証契約の当事者たる本人の地位を各二分の一の割合により相続承継し、この地位は既に確定的なものとなっているのであるから、無権代理人たる上告人が相続により本人たるCの地位を承継した分について、本人自らが本件連帯保証契約をしたのと同様の効果が生じ、上告人がその連帯保証責任を負うべきであり、上告人は、被上告人に対し、Cの連帯保証のうち上告人が相続承継した二分の一に相当する部分、すなわち、被上告人の請求額の二分の一の四二五万円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五七年四月二一日から完済まで約定の年三割の割合による遅延損害金の支払をすべきことを命じた。
 三 しかし、原審の右判断は、これを是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 すなわち、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合において、無権代理行為を追認する権利は、その性質上相続人全員に不可分的に帰属するところ、無権代理行為の追認は、本人に対して効力を生じていなかった法律行為を本人に対する関係において有効なものにするという効果を生じさせるものであるから、共同相続人全員が共同してこれを行使しない限り、無権代理行為が有効となるものではないと解すべきである。そうすると、他の共同相続人全員が無権代理行為の追認をしている場合に無権代理人が追認を拒絶することは信義則上許されないとしても、他の共同相続人全員の追認がない限り、無権代理行為は、無権代理人の相続分に相当する部分においても、当然に有効となるものではない。そして、以上のことは、無権代理行為が金銭債務の連帯保証契約についてされた場合においても同様である。
 これを本件についてみるに、前記の事実関係によれば、上告人は、Cの無権代理人として本件連帯保証契約を締結し、Cの死亡に伴い、Dと共にCの権利義務を各二分の一の割合で共同相続したものであるが、右無権代理行為の追認があった事実について被上告人の主張立証のない本件においては、上告人の二分の一の相続分に相当する部分においても本件連帯保証契約が有効になったものということはできない。
 四 そうすると、以上判示したところと異なる見解に立って、被上告人の上告人に対する請求を前記のとおり一部認容した原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ず、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである。これと同旨をいう論旨は、理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決中の上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、右説示に徴すれば、被上告人の請求は棄却すべきものであり、これと結論を同じくする第一審判決は正当であり、被上告人の右部分に対する控訴は理由がなくこれを棄却すべきものである。
 よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官三好達の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

裁判官三好達の反対意見は、次のとおりである。

 私は、多数意見と異なり、原判決を維持し、上告人の上告を棄却すべきものと考えるので、以下その理由を述べる。
 一 無権代理人が本人を単独相続した場合においては、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位を生じたものと解するのが相当であるとされている(最高裁昭和三九年(オ)第一二六七号同四〇年六月一八日第二小法廷判決・民集一九巻四号九八六頁)。これは、大審院以来裁判実務が一貫して採用し、また理論付けにおいて異なるところがあるにしても、その結論は、学説の大方の支持も得てきていたところである。しかし、本来追認という行為によってのみ有効となるべき無権代理行為につき、本人の死亡により開始した相続の効果だけから、本人又は相続人による何らの行為なくして、これを有効なものとするのには、理論的に困難な点があることは否定できないのであって、この結論を導く理論付けについて判例、学説等が必ずしも一致していないのもその故である。それにもかかわらず、そのような法理が採られてきている根底にあるものは、自ら無権代理行為をした者が本人を相続した場合に、本人の資格において追認を拒み、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するのは、身勝手に過ぎるという素朴な衡平感覚であるといえよう。してみれば、右法理は、次のように理論付けるのが相当である。すなわち、本人を相続した無権代理人が、自らした無権代理行為につき、相手方からその行為の効果を主張された場合に、本人を保護するために設けられた追認拒絶権を本人の資格において行使して、追認を拒むことは、信義則に違背し、許されないといわなければならず、このように無権代理人において追認を拒み得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなり、結局相続人は、本人が自ら法律行為をしたのと同様な法律上の地位におかれる結果となる(最高裁昭和三五年(オ)第三号同三七年四月二〇日第二小法廷判決・民集一六巻四号九五五頁参照)。
 二 これまで、この法理が採られてきたのは、本人の相続人が無権代理人のみである場合、あるいは無権代理人が共同相続人の一人であるが、他の共同相続人の相続放棄により単独で本人を相続した場合についてであるが、無権代理人が他の相続人と共に共同相続をした場合においても、相手方から、その相続分に相当する限度において、無権代理行為の効果を主張されたときには、同様に考えるのが相当である。けだし、その行為の効果が自己に帰属するのを回避するため、その追認を拒むことが信義則に違背することは、唯一の相続人であったときと同様であるのみならず、他の共同相続人が追認しておらず、又は拒絶した事実を自己の利益のために主張することもまた、自ら無権代理行為をした者としては、同じく信義則に違背するものとして、許されないというべきであるからである。そうしてみると、無権代理人は、相手方から、自己の相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張された場合には、共同相続人全員の追認がないことを主張して、その効果を否定することは信義則上許されず、このように無権代理人において追認がないことを主張し得ない以上、相手方は、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対して、その相続分に相当する限度において、その行為の効果を主張することができることとなり、無権代理人たる相続人は、右の限度において本人が自ら法律行為をしたと同様な法律上の地位におかれる結果となるというべきである。
 多数意見は、無権代理人が本人を他の相続人と共に共同相続した場合は、共同相続人全員において追認をしなければ、無権代理行為が有効となることはないとするが、この点は私も肯認するところである。私の意見も、共同相続人全員の追認がない場合に、無権代理行為それ自体が、たとえ無権代理人の相続分に相当する限度においても、当然に有効となるとするものではなく、ただ、信義則適用の効果として、相手方は、右の限度においては、追認の事実を主張立証することなくして、無権代理人たる相続人に対しその行為の効果を主張することができることとなるというのである。
 三 付言するに、私の意見は、二に述べたように、無権代理行為それ自体がその相続分に相当する限度において有効となると説くものではない。したがって、これを有効とすることに伴う難点が生ずることはなく、それを理由とする批判は当たらないといえる。すなわち、部分的に有効とすることに伴う難点は、部分的有効は相手方に不利益をもたらし、かえってその保護に欠けるというものであるが、私の意見は、無権代理人が相手方からその相続分に相当する限度で無権代理行為の効果を主張された場合には、追認がないことを理由として、これを否定することはできないとするものであるにすぎないから、相手方において、民法一一五条の取消権を行使し、あるいは同法一一七条により無権代理人の責任を追及するという法的手段を採ることを妨げるものでないことはいうまでもなく、相手方に対し何ら不利益をもたらすことはないのである。
 なお、このように、相続分に相当する限度において、相手方に対して無権代理行為の効果を否定することができないとすることは、特定物の取引行為等に関しては、相手方と他の相続人その他関係人との法律関係を複雑にするとの批判があり得よう。しかし、相手方は、右の限度での無権代理行為の効果を主張した以上、たとえその結果複雑な法律関係を生じても、それは自らの選択によるものといわなければならないし、他の相続人その他当該特定物に法律関係を有する者に及ぼす影響としては、共同相続人の一人が、相続財産たる物件につき、自己の相続分と共に、他の共同相続人の相続分についてもその無権代理人として、他と取引をした場合、あるいは当該物件につきその相続分の限度において他と取引をした場合に生ずる法律関係の複雑さと径庭はないといえるから、他の相続人その他においては、これを甘受せざるを得ないというべきである。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    味   村       治
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達