判例

S23.11.15 大法廷・判決 昭和23(れ)1049 窃盜(第4巻11号2257頁)(山田鋼業事件)

判示事項:

一 生産管理開始のときから占有していた物を後に領得した行為の擬律

二 労働組合法第一条第二項と刑法第三五−争議行為の正当性

三 生産管理において労働者の団体が工場、設備、資材等を接收してその占有下においた場合には会社側の占有を完全に離脱するか。

四 労働者が生産管理中の工場から争議期間中の賃金支払にあてる目的をもつて工場資材を工場外に搬出した行為と窃盗罪の成立

五 生産管理と同盟罷業との関係−生産管理の違法性

六 憲法と勤労者の争議権―争議行為の正当性の限界

七 生産管理と労働関係調整法第七条にいわゆる「その他」の行為

要旨:

一 被告人等が本件生産管理開始のときから判示鉄板を占有していたとしても、それは違法の占有であるから、後にこれを領得しても横領罪とはならず窃盗罪となる。

二 労働組合法第一条第二項は、労働組合の団体交渉その他の行為について無条件に刑法第三五条の適用があることを規定しているのではなく唯労働組合法所定の目的達成のために為した正当な行為についてのみ適用を認めているに過ぎない(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日最高裁判所大法廷判決参照)。如何なる争議行為を以て正当とするかは、具体的に個々の争議につき、争議の目的並びに争議手段としての各個の両面に亘つて、現行法秩序全体との関連において決すべきである。従つて至産管理及び生産管理中の個々の行為が、すべて当然に正当行為であるとの論旨は理由がない。

三 原判決が、生産管理においては労働者の団体が工場、設備、資材等一切のものを接收してその占有下におくと判示し、本件においては被告人が既に生産管理に入つたものであることを認めながら、而も他方において判示鉄板は「会社の占有を完全に離脱したものではない」と判示したのは、生産管理開始により労働者の図体が工場、設備、資材等一切のものを自己の支配下におき占有を取得したと言つても、個々の資材物件等においては、それが会社構内に存置せられる以上、会社側にもなお占有が存するという趣旨に解すべきである。

四 論旨は、原判決が、本件鉄板は会社の占有を完全に離脱したものではないので被告人等が檀にこれを工場外に搬出した行為は会社の所持を奪つたものであり、窃盗の罪責を免れない、と判示したことを非難し生産管理の下においては占有の所持は労働者側にあり、会社は観念上間接占有を有するに過ぎないから、所持の奪取即ち窃盗はあり得ないい。被告人等には占有奪取の意思もなく、不正領得の意思もなかつたと主張する。しかし労働者側がいわゆる生産管理開始のとき工場、設備、資材等をその占有下においたのは違法の占有であり、判示鉄板についてもそのとき会社側の占有に対して占の侵奪があつたというべきであるが、原判決はこれを工場外に搬出したとき不法領得の実現行為があつたものと認定したものである。これを証拠に照らし合わせて考えてみても、被告人等が争議期間中の労働者の賃金支払等に充てるために売却する目的を以て、会社側の許可なくこれを工場外に運び出し、自己の事実上の支配内に收めた行為は、正に不法領得の意思を以て会社の所持を奪つたものというべきであつて、原判決が窃盗罪にあたるものとしたのは当然である。

五 論旨は生産管理が同盟罷業と性質を異にするものでないということを理由として、生産管理も同盟罷業と同様に違法性を阻却される争議行為であると主張する。しかしわが国現行の法律秩序は私有財産制度を基幹として成り立つており、企業の利益と損失とは資本家に帰する。従つて企業の経営、生産行程の指揮命令は、資本家又はその代理人たる経営担当者の権限に属する。労働者が所論のように企業者と並んで企業の担当者であるとしても、その故に当然に労働者が企業の使用收益権を有するものでもなく、経営権に対する権限を有するものでないい。従つて労働者側が企業者側の私有財産の基幹を揺がすような争議手段は許されない。なるほど同盟罷業も財産権の侵害を生ずるけれども、それは労働力の給付が積務不履行となるに過ぎない。然るに本件のようないわゆる生産管理に於ては、企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行うのである。それ故に同盟罷業も生産管理も財産権の侵害である点においては同様であるからとて、その相違点を無視するわけにはゆかない。前者において違法性が阻却されるからとて、後者においてもそうだという理由はない。

六 論旨は、憲法が労働者の争議権を認めたことを論拠として、従来の市民法的個人法的観点を楊棄すべきことを説き、かような立場から労働者が争議によつて使用者なる資本家の意思を抑圧してその要求を貫徹することは不当でもなく違法でもないと主張する。しかし憲法は勤労者に対して団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障すると共に、すべての国民に対して平等権、自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであつて、是等諸々の基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前に悉く排除されることを認めているのでもなく、後者が前者に対して絶対的優位を有することを認めているのでもない。寧ろこれ等諸々の一般的基本的人権と労働者の権利との調和をこそ期待しているのであつて、この調和を破らないことが、即ち争議権の正当性の限界である。その調和点を何処に求めるべきかは、法律制度の精神を全般的に考察して決すべきである。固より使用者側の自由権や財産権と雖も絶対無制限ではなく、労働者の団体行動権等のためある程度の制限を受けるのは当然であるが、原判決の判示する程度に、使用者側の自由意思を抑圧し、財産に対する支配を阻止することは、許さるべきでないと認められる。それは労働者側の争議権を偏重して使用者側の権利を不当に侵害し、法が求める調和を破るものだからである。

七 論旨は、原判決を以て、生産管理の本質を誤り、生産管理が争議権行使の一方法であることを否認し、争議権行使の方法を制限した違法あるものとして、非難すると共に、生産管理が労働関係調整法第七条にいわゆる「その他」の行為の中に含まれるということを論拠して、労働者が争議方法として生産管理を行うことには何等の制限を受くべきでないと主張する。しかし右の法条は争議行為の定義を掲げただけであつて、争議行為又はそれに伴う諸々の行為がすべて適法又は正当であると言つているのではない。従つて生産管理が右の「その他」の行為の中に含まれるとしても、そのことだけから、生産管理を行う自由があると即断することはできない。具体的争議行為の適法性の限界については、別個の観点から判断されなければならない。

主    文

     本件各上告を棄却する。

理    由

弁護人上村進、同牧野芳夫の上告趣意第一点について。

 論旨は、原判決を以て、生産管理の本質を誤り、生産管理が争議権行使の一方法であることを否認し、争議権行使の方法を制限した違法あるものとして、非難すると共に、生産管理が労働関係調整法第七条にいわゆる「その他」の行為の中に含まれるということを論拠として、勞働者が争議方法として生産管理を行うことには何等の制限を受くべきでないと主張する。しかし右の法条は争議行為の定義を掲げただけであつて、争議行為又はそれに伴う諸々の行為がすべて適法又は正当であると言つているのではない。従つて生産管理が右の「その他」の行為の中に含まれるとしても、そのことだけから生産管理を行う自由がある、と即断することはできない。具体的の争議行為の適法性の限界については、別個の観点から判断されなければならない。生産管理の概念に関する原判決の説明が妥当であるか否かは別として、本件被告人等の所為を違法のものであるとした結局の判断は正当であること後に述べるとおりである。論旨は理由がない。

同第二点について。

 論旨は、憲法が労働者の争議権を認めたことを論拠として、従来の市民法的個人法的観点を揚棄すべきことを説き、かような立場から勞働者が争議によつて使用者たる資本家の意思を抑圧してその要求を貫徹することは不当でもなく違法でもないと主張する。しかし憲法は勤労者に対して団結権、団体交渉権その他の団体行動権を保障すると共に、すべての国民に対して平等権、自由権、財産権等の基本的人権を保障しているのであつて、是等諸々の基本的人権が労働者の争議権の無制限な行使の前に悉く排除されることを認めているのでもなく、後者が前者に対して絶対的優位を有することを認めているのでもない、寧ろこれ等諸々の一般的基本的人権と労働者の権利との調和をこそ期待しているのであつて、この調和を破らないことが、即ち争議権の正当性の限界である。その調和点を何処に求めるべきかは、法律制度の精神を全般的に考察して決すべきである。固より使用者側の自由権や財産権と雖も絶対無制限ではなく、労働者の団体行動権等のためある程度の制限を受けるのは当然であるが、原判決の判示する程度に、使用者側の自由意思を抑圧し、財産に対する支配を阻止することは、許さるべきでないと認められる。それは労働者側の争議権を偏重して使用者側の権利を不当に侵害し、法が求める調和を破るものだからである。論旨は理由がない。

同第三点について。

罷業と性質を異にするものでないということを理由として、生産管理も同盟罷業と同様に違法性を阻却される争議行為であると主張する。しかしわが国現行の法律秩序は私有財産制度を基幹として成り立つており、企業の利益と損失とは資本家に帰する。従つて企業の経営、生産行程の指揮命令は、資本家又はその代理人たる経営担当者の権限に属する。勞働者が所論のように企業者と並んで企業の担当者であるとしても、その故に当然に勞働者が企業の使用収益権を有するのでもなく、経営権に対する権限を有するのでもない。従つて労働者側が企業者側の私有財産の基幹を搖がすような争議手段は許されない。なるほど同盟罷業も財産権の侵害を生ずるけれども、それは勞働力の給付が債務不履行となるに過ぎない。然るに本件のようないわゆる生産管理に於ては、企業経営の権能を権利者の意思を排除して非権利者が行うのである。それ故に同盟罷業も生産管理も財産権の侵害である点において同様であるからとて、その相違点を無視するわけにはゆかない。前者において違法性が阻却されるからとて、後者においてもそうだという理由はない。よつて論旨は採用することができない。

同第四点について。

 論旨は、原判決が生産サボの場合には生産管理も正当であると判示したとを捉えて、労働者は、そのような場合だけでなく、如何なる場合においても争議手段として生産管理をする自由があると主張する。しかし本件のいわゆる生産管理が生産サボの際行われたものでないことは原判決の認めているところでめるから、生産サボの場合に生産管理が正当と認められるか否かは、本件に関係なきことである。本件被告人等の所為が不当であることは他の論点について説示するとおりである。論旨は理由がない。

同第五点について。

 論旨は、原判決が、本件鉄板は会社の占有を完全に離脱したものではないので被告人等が擅にこれを工場外に搬出した支為は会社の所持を奪つたものであり、窃盗の罪責を免れない、と判示したことを非難し、生産管理の下においては占有の所持は勞働者側にあり、会社は観念上間接占有を有するに過ぎないから、所持の奪取即ち窃盗はあり得ない。被告人等には占有奪取の意思もなく、不正領得の意思もなかつた。と主張する。しかし労働者側がいわゆる生産管理開始のとき工場、設備、資材等をその占有下においたのは違法の占有であり、判示鉄板についてもそのとき会社側の占有に対して占有の侵奪があつたというべきであるが、原判決はこれを工場外に搬出したとき不法領得の実現行為があつたものと認定したのである。これを証拠に照らし合わせて考えてみても、被告人等が争議期間中の労働者の賃金支払等に充てるために売却する目的を以て、会社側の許可なくしてこれを工場外に運び出し、自己の事実上の支配内に収めた行為は、正に不法領得の意思を以て会社の所持を奪つたものというべきであつて、原判決がこれを窃盗罪にあたるものとしたのは当然である。
 原判決が、生産管理においては勞働者の団体が工場、設備、資材等一切のものを接収してその占有下におくと判示し、本件においては被告人等が既に生産管理に入つたものであることを認めながら、而も他方において判示鉄板は「会社の占有を完全に離脱したものでない」と判示したのは、生産管理開始により労働者の団体が工場、設備、資材等一切のものを自己の完配下におき占有を取得したと言つても、個々の資材物件等については、それが会社構内に存置せられる以上、会社側にもなお占有が存するという趣旨に解すべきである。さすれば原判決には所論のような違法はなく、論旨は理由がない。弁護人上村進の上告趣意について。
 論旨(第二点及び第三点)は、生産管理は正当な争議行為であり正当な争議行為中の個々の行為は、争議目的を達成するためのものである限り、すべて勞働組合法一条二項により刑法三五条の適用を受けて違法性を阻却されると主張する。しかし労働組合法一条二項は、勞働組合の団体交渉その他の行為について無条件に刑法三五条の適用があることを規定しているのではなく、唯勞働組合法所定の目的達成のために為した正当な行為についてのみ適用を認めているに過ぎない(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日最高裁判所大法廷判決参照)。如何なる争議行為を以て正当とするかは、具体的に個々の争議につき、争議の目的並びに争議手段としての各個の行為の両面に亘つて、現行法秩序全体との関連において決すべきである。従つて生産管理及び生産管理中の個々の行為が、すべて当然に正当行為であるとの論旨は理由がない。(そうして本件被告人等の判示所為が正当と認められないことは、既に上村、牧野両弁護人の上告趣意について述べたとおりである。)
 その余の論旨各点に対する判断はすべて上村、牧野両弁護人の上告趣意に述べたとおりである。

弁護人高木右門の上告趣意第一点について。

 論旨の採用できないことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第五点について説明したとおりである。

同第二点について。

 原判決は、その前段において、被告人等が「電気設備の復旧」「組合員の賃金の支払その他運転資金」を得るため本件鉄板を搬出した旨を判示し、その後段においても、各被告人等が「争議期間中の組合員の賃金支払等に充てるため」擅にこれを工場外に搬出したと言つているのであつて、所論のように「その争議の為の費用等に充てる為」これを搬出したと判示しているのではないから、前後に所論のような齟齬はない。論旨は原判決の判示しないことを判示したかのようにして非難するものであつて、理由がない。

同第三点について。

 原判決は、所論生産管理の主体が労働組合であつたことを認定してはいるが、判示鉄板の搬出領得の実行々為を担当した者は被告人等であつたと認定しているのであるから、他の組合員等にもその行為の責任を負わせるべきか否かは別として、少くとも被告人等がその行為の責任を負うべきことは当然である。従つて原判決には所論のような違法はない。

同第四点について。

 論旨の理由なきことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第二点以下について説明したとおりである。

弁護人森長英三郎、同布施辰治上告趣意第一点第二点及び第三点について。

 論旨の採用できないことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第二点乃至第五点について説明したとおりである。

同第四点について。

 原判決は、判示鉄板が遊休資材であつたと認定したのでもなく、またこれを売却することが従来の会社の経営方針に反するが故にこれを違法だと判示しているのでもない。原判決は、右の事実の如何にかかわらず判示争議手段は違法であり、従つて被告人等の所為も正当な争議行為ではなく、窃盗罪を構成するものとしたのであつて原判決の正当なことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第二点乃至第五点について説明したとおりである。それ故論旨は理由がない。

弁護人小沢茂の上告趣意第一点の(一)について。

 論旨は、原判決の文言を捉えて、その考え方の基礎をなすものは主権在民の原則を否定する絶対主義国家の救済的社会政策的原理であり、団結権、団体交渉権及び争議権を基本的人権とし永久不可侵の天賦人権とする憲法の大精神を忘却した暴論であると非難する。しかし団結権、団体交渉権及び争議権の意義について原判決の判示したところは、当裁判所の前記判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日大法廷判決)と趣旨を同じくし、団結権及び団体交渉権等を労働者の基本的人権と解しているのであつて、主権在民の原則を否定する形跡は認められない。それ故原判決には、所論のように憲法及び労働組合法に違反する点はなく、論旨は理由がない。

同第一点の(二)及び(三)について。

 いずれの論旨も採用できないことは、前記上村、牧野両弁護人の上告趣意第二点以下について説明したとおりである。

同第二点の(一)について。

 論旨は、前記上村、牧野両弁護人の上告趣意第五点について説明したと同じ理由によつて採用し難い。

同第二点の(二)について。

 論旨は、原判決が、一方においては、生産管理は使用者の自由意思を剥奪し又は極度に抑圧するが故に違法であるとしながら、他方においては、使用者の自由意思を剥奪し又は抑圧すること最も甚しい生産サボの場合の生産管理を容認していることを以て、理由不備又は理由齟齬の違法あるものとして非難する。しかし本件のいわゆる生産管理が生産サボの際行われたものでないことは原判決の認めているところであるから、生産サボの際の生産管理を適法と認めるか否かは本件に関係なきことである。原判決が被告人等の所為を窃盗罪にあたるものとしたのは、結局において正当であること、上に説明したとおりであるから、論旨は採用に値しない。

弁護人青柳盛雄の上告趣意について。

 論旨第一点乃至第五点の採用できないことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第二点乃至第四点について説明したところによつて明かであろう。
 論旨第六点は、労働組合が生産管理開始にあたつて、工場資材等をその占有に移したことが違法であるとして、本件鉄板に対する領得の意思がその際に認められるとするならば、そのとき直ちに窃盗罪が成立するし、領得の意思が搬出のとき生じたとするならば横領罪となるべきものであると主張する。しかし被告人等が本件生産管理開始のときから判示鉄板を占有していたとしても、それは違法の占有であるから、後にこれを領得しても横領罪とはならず窃盗罪となる。そうして鉄板搬出の時始めて窃盗罪が成立したものと解すべきことは、上村、牧野両弁護人の上告趣意第五点について説明したとおりである。論旨はすべて理由がない。

 以上の理由により旧刑訴四四六条に従い、主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。
 検察官宮本増蔵関与
  昭和二五年一一月一五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    澤   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    真野毅は出張につき署名押印することはできない。
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義