判例

S26.06.01 第二小法廷・判決 昭和24(オ)159 請求異議(第5巻7号367頁)

判示事項:

公正証書にいわゆる執行約款を附することを認諾する行為と民法第一〇八条の不適用。

要旨:

債務者が公正証書に債務不履行の場合はただちに強制執行を受けても異議がない旨の、いわゆる執行約款を附することを認諾する行為は、訴訟行為であつて、これに対しては、当然には民法第一〇八条の適用はない。

主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         

理    由

 上告理由(一)について。
 金銭の貸借につき債権者が公正証書の作成を欲するのは、単に貸借の事実を確実にしておくためばかりでなく、債務不履行の場合、直ちに強制執行をなし得るがためであるのが通例であり、従つて債務者が公正証書の作成を承諾して債権者にその作成に必要な白紙委任状を交付した場合、他に特別の事情のない限り、債務者において債務不履行の場合に、直ちに強制執行を受けても異議がない旨の、いわゆる執行約款を公正証書に附することを承諾したものとみられるのが通常の事例であるところから原判決は、如上通常の事例に照し、かつ、その挙示のごとき証拠を綜合すれば、本件公正証書の作成については、上告人は、いわゆる執行約款を付することをも承諾していたものと認定するを相当とするとした趣旨であつて、右原判決の認定に所論のような採証上の違法あることはみとめられない。(なお上告人は本件公正証書における裁判管轄その他の条項について云為するけれども、かかる事実は上告人の原審において本件異議の事由として主張しないところであるから、これを以て原判決に対する上告の理由とすることはできない。)又、所論双方代理の主張について原判決の説示するところは、いわゆる執行約款を附することを認諾する行為は訴訟行為であつて、当然にはこれに対して、民法一〇八条の適用あるものではないが、同条の法意はこの場合にも適用がないものとはいえない。しかし、本件においては、執行約款を含めて契約条項は既に当事者間において取り極められてあり、公正証書作成の代理人は、単に右条項を公正証書に作成するためのみの代理人であつて新に契約条項を決定するものではないのであるから、かかる代理関係については、被上告人が上告人の委任に基き、上告人のために代理人を選任し右代理人との間に本件のごとき執行約款附公正証書を作成しても右は何ら民法一〇八条の法意に反するものではないとする趣旨であることは原判文上明らかであるから、此点に関する論旨も亦理由はない。
 上告理由(二)について。
 (1)本件消費貸借が訴外南進化学工業研究所その他の詐欺により成立したもので、被上告人もその事実を知つていたという証拠はないとした原判決には何ら採証の法則に反するところがなく、所論は、畢竟、原判決が適法にした証拠の取捨、判断及び事実の認定を非難するに帰し上告適法の理由とならない。
 (2)所論債務の履行引受の事実は、原判決の否定するところであつて、これを争う論旨は、畢竟、原審の自由裁量に属する証拠の判断、事実の認定を非難するに過ぎず、その余の論旨は右履行引受の事実の存在を前提とするものであるから、いずれも採用の限りでない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い主文のとおり判決する。
 右は全裁判官一致の意見である。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎