判例

S36.07.19 大法廷・判決 昭和30(オ)260 詐害行為取消請求(第15巻7号1875頁)

判示事項:

一 特定物引渡請求権者は詐害行為取消権を有するか。

二 抵当権の附着する不動産を提供してなされた代物弁済と詐害行為成立の範囲。

三 右の場合における原状回復の方法。

要旨:

一 特定物引渡請求権を有する者も、その目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解すべきである。

二 抵当権が設定してある家屋を提供してなされた代物弁済が詐害行為となる場合に、その取消は、家屋の価格から抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許されると解すべきである。

三 前項の場合において、取消の目的物が一棟の家屋の代物弁済で不可分のものと認められるときは、債権者は一部取消の限度で価格の賠償を請求する外はない。

主    文

     原判決を破棄する。
     本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
         

理    由

 上告代理人今野佐内の上告理由第一点(一)について。
 民法四二四条の債権者取消権は、総債権者の共同担保の保全を目的とする制度であるが、特定物引渡請求権(以下特定物債権と略称する)といえどもその目的物を債務者が処分することにより無資力となつた場合には、該特定物債権者は右処分行為を詐害行為として取り消すことができるものと解するを相当とする。けだし、かかる債権も、窮極において損害賠償債権に変じうるのであるから、債務者の一般財産により担保されなければならないことは、金銭債権と同様だからである。大審院大正七年一〇月二六日民事連合部判決(民録二四輯二〇三六頁)が、詐害行為の取消権を有する債権者は、金銭の給付を目的とする債権を有するものでなければならないとした見解は、当裁判所の採用しないところである。本件において、原判決の確定したところによれば、被上告人は昭和二五年九月三〇日訴外Aとの間に本件家屋を目的とする売買契約を締結し、同人に対しその引渡請求権を有していたところ、Aは、他に見るべき資産もないのに、同二七年六月頃右家屋に債権額八万円の抵当権を有する訴外Bに対し、その債権に対する代物弁済として、一〇万円以上の価格を有する右家屋を提供し、無資力となつたというのである。右事実に徴すれば、本件家屋の引渡請求権を有する被上告人は、右代物弁済契約を詐害行為として取り消しうるものというべく、したがつて、原判決が「債務者がその特定物をおいて他に資産を有しないにかかわらず、これを処分したような場合には、この引渡請求権者において同条の取消権を有するものと解すべきである」とした部分は結局正当に帰する。
 なお、論旨は、原判決のような判断が許されるときは、被上告人は登記を了しないのに、既に登記した上告人に対し所有権の移転を対抗し得ると同一の結果となり、民法一七七条の法意に反すると主張するが、債権者取消権は、総債権者の利益のため債務者の一般財産の保全を目的とするものであつて、しかも債務者の無資力という法律事実を要件とするものであるから、所論一七七条の場合と法律効果を異にすることは当然である。所論は採用できない。
 同第一点(二)、(三)について。
 債務者が目的物をその価格以下の債務の代物弁済として提供し、その結果債権者の共同担保に不足を生ぜしめた場合は、もとより詐害行為を構成するものというべきであるが、債権者取消権は債権者の共同担保を保全するため、債務者の一般財産減少行為を取り消し、これを返還させることを目的とするものであるから、右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべである。したがつて、前記事実関係によれば本件においてもその取消は、前記家屋の価格から前記抵当債権額を控除した残額の部分に限つて許されるものと解するを相当とする。そして、詐害行為の一部取消の場合において、その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては、債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないものといわなければならない。然るに、原審は本件家屋の価格および取消の範囲等につき十分な審理を遂げることなく、たやすく本件代物弁済契約の全部の取消を認め、上告人に対し右家屋の所有権移転登記手続を命じたのは、民法四二四条の解釈を誤つた結果として審理不尽、理由不備の違法をあえてしたものであつて、所論は結局理由あるに帰し、原判決はこの点において破棄を免れない。よつて、本件を原審に差し戻すべく、民訴四〇七条に従い、裁判官下飯坂潤夫、同奥野健一、同山田作之助の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一、同下飯坂潤夫、同山田作之助の補足意見は次のとおりである。
 一、 債権者の保全債権が特定物引渡請求権である場合に、債務者がその目的物を処分しても債務者に他に財産があつて、右特定物引渡債権の履行不能による損害賠償債務を弁済する十分な資力があるならばその処分行為は詐害行為とはならず、また、特定物引渡債権の目的物が処分されない限り債務者が如何にその資力を減少せしめる行為をしたとしても当該債権者にとつて詐害行為とはならない。してみれば、目的たる特定物を処分することによつて無資力となり履行不能による損害賠償債権の履行ができなくなつた場合に限り、詐害行為となるのであるから結局損害賠償債権という金銭債権が害されて、始めて取消権を行使することができるのである。すなわち、特定物引渡請求権については債務者の目的物処分行為により損害賠償債権たる金銭債権に変じ、同時に、債務者が無資力となることにより右金銭債権が侵害されたことによつて詐害行為が成立するものと解すべきである。かく解することが取消権行使の効果を総債権者の利益のために生ぜしめんとする取消権制度の趣旨に適合するものと考える。
 なお、保全債権が債務者の行為以前に存在することを要することは固よりであるが、目的物の処分行為により債権者の債権が損害賠償債権に変ずると同時に詐害行為が成立するものとしても、右損害賠償債権は特定物引渡債権の変形であり、同一性を害しないのであるから保全債権が詐害行為以前に存在するというに毫も妨げはない。
 二、 多数意見は「債務者が目的物をその価格以下の債務の代物弁済として提供し、その結果債権者の共同担保に不足を生ぜしめた場合は、もとより詐害行為を構成するものというべきであるが……右の取消は債務者の詐害行為により減少された財産の範囲にとどまるべきものと解すべきである。……その目的物が本件の如く一棟の家屋の代物弁済であつて不可分のものと認められる場合にあつては債権者は一部取消の限度において、その価格の賠償を請求するの外はないといわなければならない。」と判示する。若し多数意見が、一般に一棟の建物を価格以下の債権の代物弁済として提供した場合は、その債権額を超過する部分が詐害行為となり、その部分のみの一部取消をなすべく、ただ目的物が一棟の建物というが如き不可分のものである場合には、常にそれに相当する価格の賠償を求めるの外はないという趣旨であるならば疑問なきを得ない。
 けだし、債権者取消権の制度は、詐害行為により逸脱した財産を取り戻し債務者の一般財産を原状に回復せしめんとするにあるのであつて、逸脱した財産自体の返還を請求し得る場合には、原則としてこれを請求すべく、特別の事由なき限り、その財産の評価額の返還を請求しえない(昭和九年一一月三〇日大審院判決、民集一三巻二一九一頁参照)のであり、仮令債務者の行為の一部が詐害行為となる場合でも、目的物が分割し得ない場合は、その対価の全部において債権者を害すると一部において害するとを問わず、その行為の全部を取消すべきである(大正六年六月七日大審院判決、民録二三輯九三二頁、大正七年五月一八日同判決、民録二四輯九九三頁、大正五年一二月六日同判決、民録二二輯二三七〇頁、大正九年一二月二四日同判決、民録二六輯二〇二四頁、昭和三〇年一〇月一一日最高裁判所第三小法廷判決、民集九巻一一号一六二六頁各参照)と解するのが相当であるからである。このことは民法四二四条が受益者のみならず、転得者に対しても取消による原状回復の訴求を認めていることからも窺えるのみならず、詐害行為取消権の制度と同趣旨の制度である破産法上の否認権行使の場合においても、破産財団の原状回復主義をとり、破産者の受けた反対給付又はこれに代わる利益を相手方に返還せしめ或は相手方の債権を復活せしめる(破産法七七条ないし七九条)ものとし、評価額により差額を精算する制度を採つていないことからも、肯定することができるのである。
 しかし、本件においては、目的物たる不動産は受益者に対する抵当権附債権に代物弁済され、抵当権の登記は既に抹消されているのであるから、転得者のみを被告とする本訴においては原告の保全債権に優先する右抵当権附債権及び抵当権登記を復活せしめて、債務者の財産を原状に回復せしめることは不可能であり、また、無担保となつた本件不動産をそのまま債務者の一般財産に復帰せしめることは不当に債務者及び債権者を利する結果となり、決して原状回復とはなり得ない関係にある。従つて、本件の如き特別の場合においては逸脱した財産自体の返還に代えてその評価額により詐害行為となつた部分に相当する金額の賠償を認めることは止むを得ないところであつて、この趣旨において多数意見と結論において同様である。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助