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判例

S37.03.07 大法廷・判決 昭和31(オ)61 地方自治法に基く警察予算支出禁止(第16巻3号445頁)

判示事項:

一 地方公共団体の議会の議決と地方自治法第二四三条の二第四項の訴訟。

二 法令審査権と国会の両院における法律制定の議事手続。

三 市町村警察を廃止しその事務を都道府県警察に移した昭和二九年法律第一六二号警察法は、憲法第九二条に違反するか。

要旨:

一 地方公共団体の議会の議決があつた公金の支出についても、地方自治法第二四三条の二第四項の訴訟によりその禁止、制限等を求めることができる。

二 裁判所の法令審査権は、国会の両院における法律制定の議事手続の適否には及ばないと解すべきである。

三 市町村警察を廃止しその事務を都道府県警察に移した昭和二九年法律第一六二号警察法は、憲法第九二条に違反するものではない。

主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         

理    由

 上告人の上告理由は別紙のとおりである。
 原判決が上告人の請求を容れなかつた理由は、地方公共団体の監査委員の権限は長以下の執行機関の行為の適否、当否に限られ、議会の議決の当否に及ばないことは明らかであるとし、地方自治法二四三条の二に基く監査の場合でも監査委員の権限は同様に解すべく、同条による訴訟においても、監査委員の権限以上にわたつて議会の議決そのものの違法までも是正せしめんとするものではなく、本件支出が大阪府議会の議決した予算に基く以上、上告人主張の支出の違法は、裁判所に裁判を求めることのできる違法にあたらないというのである。そして上告論旨は、右の趣旨の原判示は法令の解釈を誤つた違法があるというにある。
 地方自治法二四三条の二による住民の監査請求及び訴訟は、地方公共団体の公金または財産に関する長その他の職員の行為を対象とするものであつて、議会の議決の是正を目的とするものでないことは原判示のとおりである。しかしながら、長その他の職員の公金の支出等は、一方において議会の議決に基くことを要するとともに、他面法令の規定に従わなければならないのは勿論であり、議会の議決があつたからというて、法令上違法な支出が適法な支出となる理由はない。原判決は、かかる場合には、同法五章に定める議会の解散請求によつて解決すべきものと考えるが如くであるが、同法が二四三条の二を五章とは別に規定した趣旨は、かかる直接請求の方法では足らず、個々の住民に、違法支出等の制限、禁止を求める手段を与え、もつて、公金の支出、公財産の管理等を適正たらしめるものと解するのが相当である。かく解するならば、監査委員は、議会の議決があつた場合にも、長に対し、その執行につき妥当な措置を要求することができないわけではないし、ことに訴訟においては、議決に基くものでも執行の禁止、制限等を求めることができるものとしなければならない。原判決が本件支出について大阪府議会の議決があつた一事をもつて直ちに上告人の請求を棄却すべきものとしたのは法令の解釈を誤つた違法があるといわなければならない。以上の点について、論旨は理由があるものということができる。
 よつて記録に基き、上告人が本件支出を違法と主張する理由を見るに、上告人は、昭和二九年法律一六二号警察法が無効である旨を主張し、無効な法律に基く支出なるが故に違法である旨を主張するのである。そして上告人が右警察法を無効と主張する理由は、同法を議決した参議院の議決は無効であつて同法は法律としての効力を生ぜず、また、同法は、その内容において、憲法九二条にいう地方自治の本旨に反し無効であるというのである。しかしながら、同法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によつて公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の議事手続に関する所論のような事実を審理してその有効無効を判断すべきでない。従つて所論のような理由によつて同法を無効とすることはできない。次に、上告人は、同法はその内容において憲法九二条に反するというのであるが、同法が市町村警察を廃し、その事務を都道府県警察に移したからといつて、そのことが地方自治の本旨に反するものと解されないから、同法はその内容が憲法九二条に反するものとして無効な法律といいえない。
 以上説明のように警察法は無効でなく、上告人は他に本件支出の違法原因を主張するものでないから、上告人の本訴請求は、請求自体理由がないものといわなければならない。前述のように、地方自治法二四三条の二についての原判決の解釈には誤りがあるものということができるけれども、原判決が結論において上告人の請求を容れなかつたのは正当であり、結局、本件上告は理由がないことに帰する。
 よつて、本件上告を棄却することとし、民訴三九六条、三八四条二項、九五条、八九条に基き主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官奥野健一の補足意見、同横田喜三郎、同斎藤悠輔、同藤田八郎、同垂水克己、同下飯坂潤夫、同山田作之助の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
 原判決の引用する第一審判決は、地方自治法二四三条の二の規定は地方団体の住民に団体の長等に対する公金の違法支出等についての制限・禁止等の措置を認めたものであるが、それは監査委員の権限内にある事項につきその権利の発動を促し、なお不服があれば裁判によつてその目的を達せしめようとするに止り、右監査委員の権限以上に亘つて同条の方法によつて是正せしめんとしたものと解すべきではないから本件請求は理由がないとして本訴請求を棄却したものである。すなわち原判決は右二四三条の二の解釈上、原告等は大阪府知事の本件警察費の支出の禁止等を求めることはできないものと判断して、本訴請求は理由のないものであるとして棄却したものであつて、本訴は元来裁判所の裁判し得ない事項について裁判を求める不適法な訴であるとしたものでないことは、その判文上明らかである。然らば当審において原審の右判断は不当ではあるが、他の理由により本訴請求は理由がないとしてこれを棄却するのであり、原判決の結論において本訴請求を容れなかつたことを正当として是認するのであるから民訴法三八四条二項により上告を棄却すべき事案である。
 仮に、原判決がその理由によれば訴を却下すべきものであり、主文は請求棄却であつても、訴却下の判決であると認め得るとしても、原審が不適法として訴を却下した判決に対し上訴があつて、上訴審ではその請求が理由がないとして請求を棄却すべき場合でも、訴却下の判決は請求棄却の判決に比し上訴した敗訴の当事者にとり利益であるから、上訴審における不利益変更禁止の行われる結果、上訴審においては原判決を取り消して請求棄却の判決を為すことを得ず、単に上訴棄却の判決を為せば足るものであることは夙に大審院判決(昭和一五年八月三日民集一九巻下一二八四頁)の示すところであつて、今これを変更する必要を見ない。
 裁判官斎藤悠輔の反対意見は、次のとおりである。
 本訴請求は、新警察法は法律として無効であり、被告はこれに基く予算を提出すべきでなかつたし、また、大阪府議会はこれを可決すべきでなかつたのに、右のとおり提出、可決され、被告はこれに従つた違法な支出をしょうとしているから、これが支出の禁止と、すでにした金員の原状回復の措置をとることを命ずる旨請求するというのである。そして、わたくしは、原判決、従つて、その是認、引用する第一審判決が、被告主張の第二の抗弁(議会の議決自体の無効だけを理由とする本訴請求はできない)につきなした判断を正当と考える。すなわち、地方自治法二四三条の二所定の「違法な支出」とは、一応監査員においてこれを監査し長に措置をもとめる権限のある事項と解すべく、ところが、監査委員は、結局執行機関に対する監査機関であつて、議会に対する牽制の機能をもつものではなく、従つて、監査委員は、議会が議決した予算を違法または不当と批判することは権限に属せず、かかる批判をもととして、長以下の執行機関の行為を非難することはできない。されば、大阪府議会が議決した予算に基く大阪府知事の警察費の支出を予算の議決自体の違法の故だけで違法だとする本訴請求は、すでにその点で請求自体その理由がないものと解すべきである。本訴請求においては、多数説のごとく、その上さらに被告主張の第一の抗弁についてまで判断する必要はないものと考える。多数説は、議会の予算議決自体の違法と議会の議決した予算に基く違法支出とを混同するものであつて、結局原一、二審判決の主張、判断を正解せざるものと考える。
 裁判官藤田八郎の反対意見は次のとおりである。
 自分は多数意見と同じく、原判決が、本件支出について大阪府議会の議決があつた一事をもつて直ちに上告人の請求を棄却すべきものとしたのは法令の解釈を誤つた違法あるものと考える。また、本件上告人の請求は結局において請求自体理由なきものとする点においても多数意見に同調するものである。ただ、多数意見が原判決を違法としながら、これを破棄することなく民訴三八四条二項の準用により、本件上告を棄却したのは訴訟上の手続をあやまるものであって、本件はすべからく原判決を破棄し、民訴四〇八条により自判して上告人の請求を棄却すべきものと思料する。
 本件は「地方自治法二四三条の二、四項に基く訴訟」であり、この訴訟は同条の制定によつてアメリカのタツクスペアススート(Taxpayer’s suit)の制度に模して我国にはじめてとり入れられた制度であり、この訴訟において地方公共団体の職員のいかなる行為が訴訟の対象となるべきかは同条四項の規定するところである。
 原判決は、この点に関し、この訴をもつて制限禁止等をもとめ得る「違法な支出」とは、監査委員においてこれを監査し普通地方公共団体の長に措置をもとめる権限のある事項にかぎるものとし、地方議会の議決にもとづく行為は監査委員の権限外にあり、従つて、本訴において上告人が支出の禁止をもとめる大阪府知事の警察費の支出は、大阪府議会が議決した予算にもとづくものであるから、かかる支出の行為は「地方自治法二四三条の二、四項に定める訴によつて裁判所の裁判をもとめることのできる違法な行為に当らないといわなければならない。原告(上告人)の本訴請求はこの点ですでに失当として棄却をまぬかれない」としている。すなわち原判決は本件知事の行為は同条所定の訴の対象とならないものである、本訴は法律上訴訟の対象とならない事項を訴の対象とした点において訴の適法要件を欠くとするものであることは原判文上明白である。原判決は本訴請求が理由ありや否やの本案については何等審判するところなく、本訴はその訴訟要件を欠くものとして本案前の裁判をもつて上告人の請求を排斥しているものである。(原判決の維持する第一審判決はその主文において「原告(上告人)らの請求を棄却する」としているけれども、その理由と対照するときは、原判決がいわゆる本案前の裁判であることはあきらかである。)
 そして、原判決の右判断のあやまりであることは多数意見の指摘するとおりであり、上告人の上告はこの点においてまさに理由あり、原判決は民訴四〇七条によつて破棄されるべきものである。
 そこで上告人の本訴請求の本案について審査すれば、その請求はその主張自体において理由のないものであることはまた多数意見の説示するとおりであり到底容認することはできないのであるから、当審としては民訴四〇八条により自判してその請求を棄却すべきものである。この場合、多数意見のごとく民訴三八四条二項を準用して本件上告を棄却すべきものではない。何となれば、本案前の理由により訴を排斥した原判決を本案の理由にもとづいて維持することは同条の許容するところでないからである。(これを許容するかのごとき観を呈する一、二の大審院判例もあるけれども、事案を異にして本件に適切でないのみならず、その推論のあやまれることは学者の指摘するとおりである。)また本訴請求のごとく当審が自ら判断して原告たる上告人の主張自体に徴して法律上理由なきことあきらかな場合、これを原審に差し戻すことなく、当審において請求棄却の本案の裁判をしても何ら不利益変更禁止の法則に違反するものでないと解すべきである。
 裁判官横田喜三郎は右藤田裁判官の反対意見に同調する。
 裁判官垂水克己の反対意見は左のとおりである。
 地方自治法二四三条の二の趣旨及び右警察法を上告論旨のいうような理由で無効とすることはできないとし、上告人の本訴請求は請求自体理由がないとする部分では多数意見に賛成である。が、当審としてはすべからく原判決を破棄し自判して上告人の請求を棄却する本案判決主文を言渡すべきだと私は考える。
 (1) 普通地方公共団体(以下地方公共団体という)の長がその地方公共団体の公金・財産の違法な支出をしようとする場合には同地方公共団体の納税者を含む住民は誰でも地方自治法二四三条の二に従い裁判所に出訴しその支出を取消し禁止しまたは制限する判決を求めることができる。この制度の母法はアメリカ諸州の納税者訴訟制度で、地方公共団体の財産は納税者の信託したものだからその違法支出については納税者は裁判所にその取消・禁止等を求める権利を有するとされているといわれる。
 とまれ、同条は住民各自が別段自分の法益を害されまたは害される虞がある場合でなくとも、自分等の属する地方公共団体の財産が違法に支出されることを黙視できないと思う場合には法の公正な判断者である裁判所の判決によりこれを食い止めまたは取消してもらいその地方公共団体の権利を擁護する途をひらいたものである。これによつて、公金・財産の管理、処分の適正に行われるべきことについては、公務員の監督にのみ任されず、住民のイニシヤティブにより裁判所の公廷での審判に付されるのである。
 地方公共団体の議会の公金支出議決が違法な場合(例、公職選挙の際特定の立候補者応援のためにする公金支出)も、違憲な法令(例、特定の宗教団体や、特定の社会的身分ある者に対する特別援助金の支出を許す条例)に基く場合も、その議決は違法であるから、地方公共団体の長はこれに従う義務なく、これに従つた支出は違法である。未成立のまたは廃止された法令による支出議決に基く支出も違法であろう。
 (2) 原告(上告人)の本訴請求の趣旨は「被告知事に対し、昭和二九年六月三〇日大阪府議会の議決による同年度追加予算中の警察費(公安委員会費)九億ゝゝゝ円の支出を禁止する。」との判決を求めるといい、その請求原因として主張する事実は「同議会は同年六月三〇日被告知事の提出した同年度追加予算可決の議決をし、その予算中に警察費(公安委員会費)九億ゝゝゝ円が計上されており、これは同月八日公布の新警察法を原因とするものであるが、被告知事はこれに従つた支出をしようとしている。しかし、右警察法は参議院の議決を欠き成立を見るに至らなかつた無効のものであるから右議決、従つてこれに基く被告知事の支出は違法である。」というのである。
 被告は右警察法の不成立、無効という点を除き請求原因事実全部を認めた。(いうまでもなく、右警察法を無効だとする事由たる第一九国会参議院での同法案審議の顛末事情は請求原因事実そのものに属しない。同法の有効、無効は裁判所の職権調査事項であり、職権調査の場合右院内審議顛末事情につき当事者間に争があつてもこれが調査の要ありや否やは裁判所の判断に従うべき法律問題である。右審議顛末事情につき当事者間に争なき場合でも裁判所はその顛末事情を認定すべく拘束されない。)
 してみれば、右の簡単な請求原因事実(たとえそれが当事者間に争なくまたは証拠により認められるとしても)から果して右議決に基く被告知事の右公安委員会費支出を禁止する(判決)請求権が生れるか否か、換言すれば右警察法が原告主張の理由によつて不成立無効といえるか否かの法律問題だけが一審以来本件の争点である。当事者双方は訴状、答弁書に基きこの法律点を争つたが、第一、二審判決は本訴は地方自治法二四三条の二第四項所定の訴に当らない却下を免れない不適法なものであるとの趣旨に帰する理由で本訴請求棄却の判決をすべきものとした。
 (3) 当審の本判決はいう「右警察法は両院において議決を経たものとされ適法な手続によつて公布されている以上、裁判所は両院の自主性を尊重すべく同法制定の手続に関する所論のような理由によつて同法を無効とすることはできない、同法は無効でない」と。
 当審の見解によれば、かように警察法は無効でないから、原審としては、すべからく、右警察費支出は違法でなく、請求原因事実からは決して右予算議決に基く警察費支出禁止の請求権は発生しようがないから本訴は請求自体理由がない、本件では他に何も取調べるべき事実はない、として、請求棄却の本案判決をすべきであつた、しかるに、原審が裁判所に権限なく本訴は不適法として却下すべきものだとの結論的理由から請求棄却の判決をすべきものだとしたのは違法である、という訳である。
 (4) それなら、当審としては、原判決を破棄し、自判して上告人の本件請求を棄却するという本案に立ち入つた判決をして実体的に本件に終止符を打つべきである。この場合上告人は第二審判決を上告審で不利益に変更されないことの正当な利益を持たないと考えてよい。けだし、上告人は第二審でも「原(第一審)判決を取消す。ゝゝゝ議決による警察費九億ゝゝゝ円の支出を禁止する云々。」との本案判決を求めており本案敗訴の可能性をも覚悟すべきであつた。のみならず、「請求は理由がないから棄却すべきだ」との結論的判決理由は「訴は不適法だから却下すべきだ」との結論的判決理由の代りにならないのではないか。どうせ再訴を許されない原告敗訴判決であつても、本案判決を求める控訴人に対し本案判決をするのを至当とした以上、この結論に合致した判決の方が正しく、ハツキリするのではないか。なお、本件は一、二審で本案の法律点のみについて弁論があり、終審である当審の本案の法律判断があつたのだから、差戻の必要はない。裁判官下飯坂潤夫の反対意見は次のとおりである。株式会社の会社財産に対し利害関係を有する株主は会社財産を擁護すべく、会社役員が違法又は不正な行為によつて、会社財産に損失を与えたときはこれを抑制することができるという衡平法上の原則から発展したものとされている納税者訴訟は、普通地方公共団体の財産が違法に使用され、またはその公平が不正に支出された場合、納税者に地方公共団体の財産を擁護すべく、右違法または不正な行為を制肘し、地方公共団体の財産上の欠損を補填させようとする訴訟である。元来普通地方公共団体の役職員が地方公共団体の財産を違法に使用し或は公金を不正に支出したときは地方公共団体当局はその当然の義務として、それらの行為を禁止するか或は抑制すべきであり、しかも、もし損害あるときは当該役職員に弁償させなければならない筈である。然るに地方公共団体当局がこれに気付かず或は漫然とこれを看過しようとする場合には地方公共団体の財産は地方公共団体の役職員の恣意不正に晒されることになるであろう。かくの如きは地方公共団体の納税者の堪え難きところであるから、納税者に対しそのような違法不正な行為を抑制是正さすべく認められたものが納税者訴訟である。地方公共団体の役職員によつて不正に使用され、または浪費された財産は、もともと納税者の納税によつて構成され、納税者によつて地方公共団体にその使用又は管理を信託されているのであるから、納税者は右のような抑制または是正ができるのであるというのが、納税者訴訟の理論上の根拠である。ところで、地方公共団体の役職員に違法不正な行為のあつた場合にこれを抑制すべきは先ず以て地方公共団体当局そのものでなければならない。地方公共団体当局が投職員の違法不正な行為に対し何ら抑制の手段をとらず、その利益が危殆に頻する場合に二次的にこれに干渉容喙するというのがこの訴訟なのである。従つて納税者訴訟において主張されるものは納税者自身の権利ではなく、地方公共団体の権利が主張されるのである。それ故、地方公共団体が訴を提起することのできる場合にのみ納税者訴訟は可能なものとしなければならない。
 わが地方自治法にいわゆる住民訴訟はアメリカの納税者訴訟の制度に由来するのであるが、アメリカにおけること訴訟の典型的なものとして、判例の上において認められているものに次のようなものがある。
 (一) 地方自治体の吏員が地方自治体の有する有効なる財産上の請求について、これが請求を為すべき任に在りながら、その請求をしない場合(公金から不法に取りさられた金の回復のため納税者の提起する納税者訴訟)
 (二) 公の財産が不法に使用されている場合(例えば公立学校の地面が教育委員会により石油の採取のため石油会社に賃貸されている場合、この賃貸借契約を無効にするための納税者によつて提起される納税者訴訟)
 (三) 違法な借入金がなされた場合(市が許された限度を超え市債を発行することを差止めるための納税者訴訟)
 (四) 公金の不正支出の場合(例えば市の債務の支払のため公金が支出されようとしているが、実際には市がその債務を負担していないとか、或はその債務が無効なものであるという理由でその支出を差止めるための納税者訴訟)等である。
 右(四)の一つの場合として公金の支出が違憲を主張されている制定法の下で行われた事案において、州税を納めている納税者から提起された公金差止めの訴訟が納税者訴訟として適法なものとされた事例は可成りの数にのぼつているのである。
 わが地方自治法にいわゆる住民訴訟も違憲を主張される法律の下での公金の支出を差止めるため、これを提起することが許されるものと解するのを相当とする。ただ、ここで注意すべきことは住民訴訟はその訴提起の時機を失してはならないということである。すなわち住民訴訟によつて差止めうべき行為が訴提起の時にいまだ差止められ得べき段階にあることを要するということである。のみならず、たとい訴提起の時にいまだ差止められ得べき段階にあつたとしても、訴訟係属中に差止め訴訟の対象となつていた公金が支出されてしまい、差止めらるべき行為がもはや差止められ得ない状態に立至ったときは、その訴訟は結局は利益なきに帰するのである。本件事案は正にこの類に該当するものと私は考えるのである。
 本件において、原告たる上告人らの求めている判決、すなわち、その請求の趣旨は何んであるかと言うと、詮じつめれば「大阪府知事は昭和二九年六月三〇日大阪府議会の議決によつて成立した昭和二九年度追加予算中警察費(公安委員会費)九億五千九百七十三万五、九〇〇円の支出を差し止めよ、大阪府知事は、すでに支出した右金員につき原状に回復する措置を講ぜよ」という意味のものなのである。ところで、地方公共団体の予算はその会計年度内に実施され、その出納は翌年五月三一日を以て閉鎖されるを原則とする(地方自治法二四一条参照)。従つて右昭和二九年度の警察予算は遅くも翌三〇年五月三一日までに実施され、同日を以て一切の出納を了つたものと解さなければならない。然るに本件訴の提起の日は昭和二九年七月二八日であり、訴提起の時においては、いまだ支出されていない警察費の支出の差止めを請求する限りにおいて本件訴は適法なものであつたであろうが、本件控訴が大阪高等裁判所に係属中、前段説示のとおり昭和三〇年五月三一日に昭和二九年度予算はその会計年度を終つているのであるから、昭和二九年度の予算中警察費の支出の差止を請求する訴は利益なきに帰したものと言うの外はない。なお本訴はすでに支出された金員の原状回復の措置をも併せて請求しているが、すでに支出された金員、その内には零細な俸給や傭賃の類も包含されているのであろうがそれらを一々原状に回復すべき措置を講ぜよというが如きは一府知事の権限を以て到底応じ得べきかぎりのものではなく、法律上全く不能な給付を求めるものと言わなければならない。しかしながらこのような場合に納税者たる住民に何ら救済の手段がないわけのものではない。住民は支出された公金を受領した個人を相手方としてこれが取戻し請求の訴を提起することができるのであり、これこそ法の予定する住民訴訟なのである。このことは納税者訴訟は地方公共団体が訴を提起する場合にのみ可能であり、地方公共団体がこの挙にいでないからこそ、そのような訴が許されるものであるという前示の法理に合致する所以なのである。
 以上を要約して結論を言えば本訴請求中予算の支出の差止めを求める点はすでに訴の利益なきに帰したものであつて請求棄却を免れないものであり、また、すでに支出された金員の原状回復の措置を求める点は法律上不能な給付を求めるものであつて、却下を免れない筋合のものである。されば叙上と判断を異にした原判決は破棄されるべぎであり、而して、本件は当審において裁判をなすに熟しているものと認められるから自判の上それぞれ右趣旨の判決をなすを相当と考える。
 裁判官山田作之助の反対意見は左のとおりである。
 わたくしは、本訴は新憲法の下に新たに設けられた地方自治法二四三条の二の規定する所謂住民訴訟に該当するものと解するから、多数説と同じく本案についての審理をしなかつた原判決を違法とし、すすんで本案について結局請求自体理由なしとして請求を棄却することに賛同するものであるが、訴訟法の問題で、多数説が本件の場合単に「上告を棄却する」とすれば足るとすることにはくみすることが出来ない。この点について横田、藤田、垂水裁判官の意見に同調するのであるが、補足的に次のように意見を申し述べる。
 第一審判決これをそのまま引用している第二審判決は、藤田裁判官のすでに指摘されているように本案についてはなんら審理判断をしていない所謂門前払(訴訟要件を欠くとして)で請求を却けているのであるから、その主文は「請求棄却」になつているが実質は「訴を却下」しているのであつて、二審判決は「控訴を棄却す」としているが一審の判決理由をそのまま認めているのであつて、要するに一、二審とも本案については何等審理判断していないのである。これに対する上告の趣旨は、原判決を破棄し本案について審理判断されたしと請求しているのである、この上告に対し当審では原審が本案について審理判断をしなかつたことは違法でありこの点に関する上告は理由ありとし原判決を破棄し本案について審理すべきものとしたのである。従つて通常なれば原判決を破棄し事件を下級審に差し戻すべきところ前述のように本訴請求は請求自体理由がないことが判明し下級審に差し戻す必要がないので自判の上上告人の請求はこれを棄却すべきものと判定したのであるからその主文は、原判決を破棄し上告人の請求を棄却するとするのが当然であると解する。多数説はこの場合でも民訴三八四条二項を準用し単に「上告を棄却する」とすればたるとするのであるが賛同し得ない。けだし本案前の訴却下の判決(一、二審判決)と「本案請求棄却」の判決とは根本的に判決の質を異にしているのであるからこの場合民訴三八四条二項を適用することは出来ないと考える。このことは既判力の点よりするも上告審が一、二審と同じく訴を却下すべきものとするならば上告棄却とすべきものと考えられるが、本件の場合(質を異にする判決が二つ存する場合)単に「上告棄却」とすればどの判決理由につき既判力を生ずるのか混乱を生ずる恐れなしとしないからである。あるいはまた、本件の如き場合には上訴審には不利益変更禁止の原則が働く結果上告審としては単に「上告棄却」とするほか方法がないとするものもある(請求棄却の判決は訴却下の判決より当事者にとり後者は再び訴を提起し得るが、前者の場合はこれができないから不利益、なりとするのである)、しかし本件においては上告人は下級審で一度も本案の判決を受けていないのであるからいまだ原審においては保護さるべき何等の利益を認められていないのである(この点は恰も訴状を提起したときと同じ状態にある)。だから上告審としては上告理由あるときは、原判決を破棄すべく(原判決の破棄は上告人の求めているところである)すすんで本案について審理し、本件の如く下級審に差し戻す必要なく直ちに請求自体について理由なきものとして排斥すべきときは原判決を破棄し、自判の上、上告人の請求を棄却すとすべきであり、こうしてもすこしも所謂不利益変更禁止の原則に抵触するところはない、なんとなれば上告人には原審において何等保護さるべき利益を認められていなかつたからでありまた本案についての判決を受けんとする以上、或は不利益な判決があることはもとより覚悟しておるべきであるからである。
 以上の理由で本件ではすべからく上告審としては、原判決を破棄し上告人の請求を棄却するとすべきであると考える。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    高   木   常   七
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
 裁判官高橋潔は死亡につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎