判例

S40.03.17 大法廷・判決 昭和36(オ)1104 借地権確認等請求(第19巻2号453頁)

判示事項:

建物の登記が所在地番の表示において実際と相違する場合と「建物保護ニ関スル法律」第一条第一項。

要旨:

地上権ないし賃借権の設定された土地の上の建物についてなされた登記が、錯誤または遺漏により、建物所在地番の表示において実際と多少相違していても、建物の種類、構造、床面積等の記載とあいまち、その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識できる程度の軽微な相違であるような場合には、「建物保護ニ関スル法律」第一条第一項にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたるものと解すべきである。

主    文

     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         

理    由

 上告代理人山田重雄の上告理由について。
 「建物保護ニ関スル法律」は、建物の所有を目的とする土地の借地権者(地上権者および賃借人を含む。)がその土地の上に登記した建物を有するときは、当該借地権(地上権および賃借権を含む。)の登記なくして、その借地権を第三者に対抗することができるものとすることによつて、借地権者を保護しようとするものである。この立法趣旨に照らせば、借地権のある土地の上の建物についてなされた登記が、錯誤または遺漏により、建物所在の地番の表示において実際と多少相違していても、建物の種類、構造、床面積等の記載と相まち、その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識し得る程度の軽微な誤りであり、殊にたやすく更正登記ができるような場合には、同法一条一項にいう「登記シタル建物ヲ有スル」場合にあたるものというべく、当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である。もともと土地を買い受けようとする第三者は現地を検分して建物の所在を知り、ひいて賃借権等の土地使用権原の存在を推知することができるのが通例であるから、右のように解しても、借地権者と敷地の第三取得者との利益の調整において、必ずしも後者の利益を不当に害するものとはいえず、また、取引の安全を不当にそこなうものとも認められないからである。
 本件の場合、原審は、上告人において東京都江東区a町b丁目c番宅地一〇六坪一合八勺中の三一坪七合五勺を訴外Aから賃借し、同地上に本件居宅を所有している事実を確定しながら、右居宅が登記簿上は同所d番宅地の上に存するものとして登記されている一事をもつて、上告人はその賃借権を有する右七九番宅地上に登記した建物を有するものということはできないとし、よつて右賃借権は前記「建物保護ニ関スル法律」の保護を受けることはできないとしている。
 したがつて、前段に説示したところよりして、原判決は、同法一条一項の解釈を誤り、ひいて登記と実際との同一性の存否につき審理を尽さなかつた違法があるものといわなければならない。この点で論旨は理由があるものというべく、原判決は破棄を免れない。
 よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官奥野健一の補足意見、裁判官石坂修一、同横田正俊、同松田二郎の反対意見があるほか、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
 裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。
 「建物保護ニ関スル法律」(以下建物保護法という)は建物の所有を目的とする賃借権者(地上権者を含む。以下同じ)がその土地の上に登記したる建物を有するときは、賃借権(地上権を含む。以下同じ)の登記なくして賃借権を第三者に対抗することができるものとして、賃借権者を保護せんとするものである。同法の「登記シタル建物」の登記については何等特別の規定を設けていないのであるから、普通一般の建物の所有権の登記を意味するものと解するの外なく、建物の保存登記の場合であれば、不動産登記法九一条以下の規定に従い登記すれば、本法により賃借権の対抗力が付与されるものと解すべきである。そして建物の表示の登記としてなされる建物所在の地番の表示は、建物の種類、構造、床面積等と同じく、当該建物を特定するためのものであつて、建物所在の地番の土地についての権利関係を公示するものではなく、建物の登記はこれによつて借地権の種類、内容の公示方法となるものではない。従つて、建物保護法の適用の関係に限つて、建物所在の地番の表示が特別の意義を有するものと解すべき根拠はないものと言わねばならない。要は、借地権者がその借地の上に有効な登記ある建物を有しておれば、同法の保護を受けることができるのである。これは恰も建物の賃借人が賃借権の登記なくとも、建物の引渡さえあれば、賃貸借を第三者に対抗し得るのと同様であつて、引渡は賃借権の内容を公示するものではないのである。そして、普通一般の建物の登記について、建物所在の地番の表示に錯誤、遺漏があるときでも、種類、構造、床面積等の表示に錯誤、遺漏のある場合と同じく、当該登記が社会通念上、当該建物を表示するにつき同一性を認識し得る限り、更正登記により遡及してこれを是正し得るものであつて、かかる場合は、未だ更正登記前でも、その登記を無効とすべきではない。
 換言すれば、建物登記において、その所在の地番の表示に誤謬があつても、その登記が登記事項全体から見て当該建物の表示として同一性が認められる程度の軽微の誤謬である限り、これが更正登記が許されない理由がなく、また、建物保護法の適用の場合に限つて更正登記を否定すべき根拠もなく、その誤謬が当事者の申請によると、登記官吏の過誤に出でたるとを問うところではない。そして、更正登記は附記により登記され、附記登記の順位は主登記の順位によるのであるから、遡及して更正の効力を有することになる。従つて、更正登記によつて遡及的に是正できるような軽微な誤謬がある場合には、未だ更正登記の前と雖も、その登記は有効なものと解すべきである。
 思うに、建物保護法は借地権の対抗要件として(一)借地人が借地上に現に建物を有すること、(二)その建物に所有権の登記の存すること、を必要としている。その理由は、当該土地に現に建物の存在することは建物の所有を目的とする借地権者のあることを推測せしめる顕著な公示方法であり、土地の所有権を取得せんとする者は先ず現地につき調査するを通例とするからである。そして、法は現に地上に建物が存在するという事実だけでは、何人がその建物の所有者であるか不明であるから、更にその建物の所有者を登記簿の記載によつて確知できることを要件としているものと解せられる。そして、その建物の登記は固より有効な登記であることを要するが、建物所在の地番等の表示につき軽微な誤謬があつても、更正登記によつて容易に是正できるようなものである限り、その登記をもつて無効なものということはできないのであるから、登記の表示にかかる軽微な誤謬のあるの故をもつて、建物保護法の適用を全面的に否定することは、建物所有の賃借権者を保護せんとする同法の精神に反するものと言うべきである。
 裁判官石坂修一の反対意見は、次の通りである。
 わたくしは、原判決の結論を支持するものであつて、多数意見には反対である。その理由とするところは、裁判官横田正俊の反対意見における説明と異らないから、これに賛同する。
 裁判官横田正俊の反対意見は、次のとおりである。
 (一) 「建物保護ニ関スル法律」(以下、建物保護法という。)一条一項が、地上権者又は土地の賃借人が、その土地の上に、単に建物を所有するに止まらず、「登記シタル建物ヲ有スルトキ」、すなわちその建物につき所有権の登記を経ているときは、地上権又は土地の賃借権(以下、借地権という。)の登記がなくても、これをもつて第三者に対抗しうるものとしているのは、建物の登記においては、必ず建物の所在の土地(敷地)が表示されることとされている関係上、その登記に、借地権そのものの登記におけると同様の対抗力を与えたものと解される。したがつて、建物の登記における敷地の表示は、借地権をもつて第三者に対抗するためには、きわめて重要な意義をもつものと言わなければならない。しかも、登記法上、建物の敷地は、それが所在する郡、市、区、町村、字のほか地番を表示することによりこれを特定する建物が採られているのであるから(不動産登記法九一条一項一号、一〇〇条、一〇二条〔建物の登記用紙は、地番区域毎に土地の番号の順序に従い、建物登記簿に編綴されることにもなつている――不動産登記法施行細則三条二項〕、なお昭和三五年四月の不動産登記法改正の前においても同様である。)、地番の表示は正確であることを要し、甲地番の土地に所在する建物を他の地番の土地に所在する建物として登記がなされた場合においては、その地番のそごは、建物の種類、構造、床面積等に関するそごとは趣を異にし、登記についての重大な瑕疵であつて、登記簿上の他の記載や、建物の現実の所在、第三者の知情等の事実関係をもつて補正しうるものではない。したがつて、借地権者が甲地番の土地の上に、右のような瑕疵ある登記を経た建物を所有していても、建物保護法一条一項の「登記シタル建物ヲ有スルトキ」には該当しないから、借地権者は、甲地番の土地についての借地権をもつて第三者に対抗しえないものと解するのが相当である。これを、第三者の側から言うならば、甲地番の土地につき権利を取得しようとする第三者は、土地登記簿のほか、甲地番の土地を敷地とする建物の登記があるかどうかを調査すれば足りるのであつて、甲地番の土地に所在する建物が過つて他のいずれかの地番の土地を敷地として登記されているかどうかまで調査することを要求される筋合はないのである。多数意見の同一性認識論は、第三者に対し右の後段の調査要求をなしうることを前提としてはじめて成り立つものと考えられるが、その前提においてすでに過つているものと言うべきである。また、敷地の地番の表示が過つていても、その登記が更正可能のものであるときは、更正登記前に土地につき権利を取得した第三者に対しても借地権の対抗力を認むべきであるとする上告人の所論、ならびに、更正登記がなされた後は右第三者に対しても借地権をもつて対抗しうるに至るとの見解は、前述の建物保護法の趣旨ならびに登記制度の本質に照らし、とうてい肯認することをえない。
 以上のよう解するときは借地権者の保護に欠けるようでもあるが、そのこうむる不利益は、過誤のある登記を申請し又は過誤のある登記を是正することを怠つた借地権者自らが招いたところというべきであろう。
 (二) 本件についてみれば、上告人は、所論亀戸町八丁目七九番地の宅地三一坪七号五勺について賃借権を有し、その地上に居宅一棟を所有するにかかわらず、右建物については、その敷地を右八丁目八〇番地とする登記がなされていたというのであるから、右のごとき瑕疵ある登記によつては、右七九番地の宅地上に有する賃借権をもつて第三者たる被上告人に対抗しえないことは、前に説示したところに照らし明らかである。
 (三) 然らば、右と同趣旨に出た原判決は正当であり、本件上告はその理由がないから棄却を免れないものと思料する。
 裁判官松田二郎の反対意見は、次のとおりである。
 (一) 「建物保護ニ関スル法律」(以上建物保護法という)によれば、建物の所有を目的とする土地の賃借権者は、その借地権について登記がなくとも、当該地上に登記した建物を有すれば、その借地権をもつて第三者に対抗できるのである(一条一項)。この場合、法は建物の登録をもつて、土地の賃借権の登記に代わる作用を営ましめようとそるのである。それは、登記簿上における建物所在地番の表示が、当該賃借地の地番と一致すべきことを当然の前提とする。従つて、借地権者が借地上に登記した建物を有する場合でも、登記簿上の建物の所在地番の表示が賃借地の地番と相違するときは、建物保護法の定める要件を充たしていないことは、明らかである。
 しかるに多数意見は、「借地権のある土地の上の建物についてなされた登記が、錯誤または遺漏により、建物所在の地番の表示において実際と多少相違していても、建物の種類、構造、床面積等の記載と相まち、その登記の表示全体において、当該建物の同一性を認識し得る程度の軽微な誤りであり、殊にたやすく更正登記ができるような場合には、同法一条一項にいう『登記シタル建物ヲ有スル』場合にあたるものというべく、当該借地権は対抗力を有するものと解するのが相当である」と主張する。もとより、現在わが国において、登記簿上、建物所在地番の表示が真実に合致しない事例は必ずしも稀ではなく、多数意見の採る見解は、かかる場合の欠陥の救済を意図するものであると思われる。
 (1) しかし、私はまず次の点で、多数意見に対して疑問を懐くものである。すなわち、多数意見はいかなる場合に更正登記を許容するかという点であり、また登記簿上より見れば、建物所在地番の表示が実際と多少相違しているに過ぎないが、現実には両地番の所在が相当に離れている場合、多数意見はいかにこれを取扱うかという点である。
 (2) しかし、私は遡つて、多数意見の基本的立場そのものに深い疑問をもたざるを得ない。ただし、多数意見は、「登記簿上における建物所在地番」と「現実の賃借地の地番」との間の関連が断絶しているのにかかわらず、建物保護法の保護を与えようとするからである。畢竟、かかる見解は、土地の賃借権が直接にも間接にも、登記簿上、何等あらわれていないのにかかわらず、換言すれば、これについて何等公示されていないのにかかわらず、その賃借権者に対し、登記簿の公示あるときと同様の対抗力を付与しようとするものであるからである。これは公示制度としての不動産登記の本質に反する見解であるといわなければならない。
 (二) 私は、多数意見と異り、次のごとき見解を有する。
 (1) 私は多数意見の採る見解に反対するものであるが、決して土地の賃借権者の保護を軽視しているのではない。却つて、嘗てのいわゆる地震売買の弊害を想起しつつ、登記簿上における建物所在地番が真実に合致しないとき、その表示の瑕疵を奇貨とし、これに乗じてその建物所在の土地を買受けるごとき第三者に対しては、すべからく権利濫用の法理をもつて臨み、未だ更正登記手続を経ていない借地権者を保護すべきであると解しているのである。当裁判所は、既にこの点で一歩踏み出したものといえる(昭和三七年(オ)第九三号同三八年五月二四日判決、民集一七巻五号六三九頁参照)。現在おける宅地賃借権保護についての法制の不備に思を致すとき、新憲法下で新たに規定された民法第一条第三項は、かかる場合にこそ、大いに活用されるべきものと思われるのである。
 (2) そればかりでなく、私の見解に立つても、なお更正登記の可能の余地が残されている。そしてこの方法によつて、登記簿上の建物所在地番の表示を更正し、これを真実の地番と一致せしめ得るのであり、現にかかる更正登記は行われているところである。もつと更正登記は、既存の登記の更正によつてその登記の同一性を害しない場合においてのみ許されるとの見解に立つならば、登記簿上における建物所在地番の表示の更正登記は、許れないともいい得よう。しかし、私は建物所在地番の表示の更正について、利害関係ある第三者がこれを承諾する場合は勿論、かかる更正が第三者に対して予期せざる不測の損害を与える虞のない場合には、その更正登記を否定すべき何等の理由を見出し得ないのであつて、すなわちこれを許容すべきものであると考える(登記簿上の建物所在地番の表示に瑕疵あることを知つて、その建物所在の土地を買受けた者は、その更正登記がなされるであろうことを予測していなかつたといえない場合が多いだろう)。そしてかかる場合、この更正登記によつて、登記簿上、建物所在地番の表示が賃借地の地番と一致するに至れば、借地権者は地上に登記した建物を有することとなり、建物保護法所定の要件を充たし、対抗力を付与されることとなるのである。
 (三) しかし、今本件についてみるに、原審の確定したところによれば、上告人は東京都江東区a町b丁目c番地宅地三一坪七合五勺につき賃借権を有し、該地上に建物を所有していたのにかかわらず、右建物の所在地番が右八丁目八〇番地として登記されていたところ、被上告人は右七九番地の土地を買受け、その所有権取得登記手続を経たというのであつて、しかも原審において、右登記簿上における建物所在地番の更正登記手続があつた旨や被上告人の本訴請求が権利濫用である旨の主張、立証が、何等なされていない以上、上告人は右のごとき瑕疵ある登記により、右七九番地の土地につき有する賃借権をもつて、被上告人に対抗し得ないことは、叙上の説示によつて明らかである。
 しからば、右と同趣旨に出た原判決は正当であり、本件上告はその理由がないものとして棄却を免れない。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    草   鹿   浅 之 助
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
 裁判官斎藤朔郎は死亡につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎