判例

S44.02.13 第一小法廷・判決 昭和42(オ)607 土地所有権移転登記抹消登記手続請求(第23巻2号291頁)

判示事項:

無能力者であることを黙秘することと民法二〇条にいう「詐術」

要旨:

無能力者であることを黙秘することは、無能力者の他の言動などと相まつて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときには、民法二〇条にいう「詐術」にあたるが、黙秘することのみでは右詐術にあたらない。



主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         

理    由

 上告人A代理人納富義光の上告理由について。
 所論は、無能力者が、相手方の誤信を改めないのみならず、誤信の継続をよいことにしてその誤信を利用した場合は、詐術に当たる旨、および原審が詐術を認めなかつたのは経験則違反、審理不尽の違法がある旨を主張する。
 思うに、民法二〇条にいう「詐術ヲ用ヰタルトキ」とは、無能力者が能力者であることを誤信させるために、相手方に対し積極的術策を用いた場合にかぎるものではなく、無能力者が、ふつうに人を欺くに足りる言動を用いて相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合をも包含すると解すべきである。したがつて、無能力者であることを黙秘していた場合でも、それが、無能力者の他の言動などと相俟つて、相手方を誤信させ、または誤信を強めたものと認められるときは、なお詐術に当たるというべきであるが、単に無能力者であることを黙秘していたことの一事をもつて、右にいう詐術に当たるとするのは相当ではない。
 これを本件についてみるに、原判示によれば、Bは、所論のように、その所有にかかる農地に抵当権を設定して金員を借り受け、ついで、利息を支払わなかつたところから、本件土地の売買をするにいたつたのであり、同人は、その間終始自己が準禁治産者であることを黙秘していたというのであるが、原審の認定した右売買にいたるまでの経緯に照らせば、右黙秘の事実は、詐術に当たらないというべきである。それ故、Bが、本件売買契約に当たり、自己が能力者であることを信ぜしめるため詐術を用いたものと認めることはできないとした原審の認定判断は、相当として是認できる。
 論旨は、ひつきよう、独自の見解を前提として原判決を攻撃するか、原審の適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰し、採用することができない。
 上告人C代理人中坊公平、同谷沢忠彦の上告理由一および同二の第一点について。
 単に無能力者であることを黙秘していたことのみをもつて詐術に当たるとすることができないことは、上告人Aの上告理由について説示したとおりである。そして、詐術に当たるとするためには、無能力者が能力者であることを信じさせる目的をもつてしたことを要すると解すべきであるが、所論Bが黙秘していたことから、同人に自己が能力者であることを信じさせる目的があつたと認めなければならないものではない。原判決挙示の証拠関係に照らせば、所論の点に関する原審の認定判断は是認できる。論旨は採ることができない。
 同二の第二点について。
 原判決挙示の証拠関係に照らせば、所論BがDに対し「自分のものを自分が売るのに何故妻に遠慮がいるか」と答えたことは、右Bの能力に関しての言辞ではない旨の原審の認定判断は、首肯するに足りる。(1)、(2)および(4)の前段の所論は、原審が適法にした証拠の取捨判断、事実の認定を非難するに帰する。そして、右のとおりであるから、(3)および(4)の後段の所論は、不必要な原判示を攻撃するものである。論旨は、いずれも採ることができない。
 同三について。
 所論の点に関する原審の認定判断が是認できることは、上告人Aの上告理由について説示したとおりである。論旨は、ひつきよう、右と異なる見解を前提として原判決を非難するものであるから、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎