判例

S62.04.24 第二小法廷・判決 昭和55(オ)1188 反論文掲載(第41巻3号490頁)

判示事項:

一 人格権又は条理を根拠とするいわゆる反論文掲載請求権の成否

二 新聞紙上における政党間の批判・論評の意見広告につき名誉殿損の不法行為の成立が否定された事例

要旨:
  一 新聞記事に取り上げられた者は、当該新聞紙を発行する者に対し、その記事の掲載により名誉殿損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に、人格権又は条理を根拠として、右記事に対する自己の反論文を当該新聞紙に無修正かつ無料で掲載することを求めることはできない。

二 新聞社が新聞紙上に掲載した甲政党の意見広告が、乙政党の社会的評価の低下を狙つたものであるが乙政党を批判・論評する内容のものであり、かつ、その記事中乙政党の綱領等の要約等が一部必ずしも妥当又は正確とはいえないとしても、右要約のための綱領等の引用文言自体は原文のままであり、要点を外したものといえないなど原判示の事実関係のもとでは、右広告の掲載は、その広告が公共の利害に関する事実にかかり専ら公益を図る目的に出たものであり、かつ、主要な点において真実の証明があつたものとして、名誉段損の不法行為となるものではない。



主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         

理    由

 上告代理人上田誠吉、同植木敬夫、同寺本勤、同渡辺脩、同橋本紀徳、同中田直人、同岡部保男、同斎藤鳩彦、同坂本修、同松井繁明、同青柳盛雄、同楝山博、同正森成二の上告理由第一点について
 憲法二一条等のいわゆる自由権的基本権の保障規定は、国又は地方公共団体の統治行動に対して基本的な個人の自由と平等を保障することを目的としたものであつて、私人相互の関係については、たとえ相互の力関係の相違から一方が他方に優越し事実上後者が前者の意思に服従せざるをえないようなときであつても、適用ないし類推適用されるものでないことは、当裁判所の判例(昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁、昭和四二年(行ツ)五九号同四九年七月一九日第三小法廷判決・民集二八巻五号七九〇頁)とするところであり、その趣旨とするところに徴すると、私人間において、当事者の一方が情報の収集、管理、処理につき強い影響力をもつ日刊新聞紙を全国的に発行・発売する者である場合でも、憲法二一条の規定から直接に、所論のような反論文掲載の請求権が他方の当事者に生ずるものでないことは明らかというべきである。これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づくものであつて、採用することができない。
 同第二点及び第三点について
 原審における上告人の主張によれば、(一) 昭和四八年一二月二日付サンケイ新聞紙上に掲載された第一審判決別紙第一目録掲載の広告(以下「本件広告」という。)は、上告人主張のいわゆる「八要件」(第一審判決四〇頁一四行目から四二頁三行目まで)が備わつている場合には、仮に憲法二一条に基づいては上告人の反論文掲載請求権が認められないとしても、条理に基づいて上告人の反論文掲載請求権が認められるべきであり、また、(二) 上告人主張のいわゆる「三要件」(原判決八枚目裏八行目から九枚目表五行目まで)が整えば、人格権に基づいて上告人が反論文掲載請求権を取得するというのであり、いずれの場合も不法行為の成立を前提とするものではないというのである。
 しかしながら、所論のような反論文掲載請求権は、これを認める法の明文の規定は存在しない。民法七二三条は、名誉を毀損した者に対しては、裁判所は、「被害者ノ請求ニ因リ損害賠償ニ代ヘ又ハ損害賠償ト共ニ名誉ヲ回復スルニ適当ナル処分ヲ命スルコト」ができるものとしており、また、人格権としての名誉権に基づいて、加害者に対し、現に行われている侵害行為を排除し、又は将来生ずべき侵害を予防するため侵害行為の差止を請求することができる場合のあることは、当裁判所の判例(昭和五六年(オ)第六〇九号同六一年六月一一日大法廷判決。民集四〇巻四号八七二頁参照)とするところであるが、右の名誉回復処分又は差止の請求権も、単に表現行為が名誉侵害を来しているというだけでは足りず、人格権としての名誉の毀損による不法行為の成立を前提としてはじめて認められるものであつて、この前提なくして条理又は人格権に基づき所論のような反論文掲載請求権を認めることは到底できないものというべきである。さらに、所論のような反論文掲載請求権は、相手方に対して自己の請求する一定の作為を求めるものであつて、単なる不作為を求めるものではなく、不作為請求を実効あらしめるために必要な限度での作為請求の範囲をも超えるものであり、民法七二三条により名誉回復処分又は差止の請求権の認められる場合があることをもつて、所論のような反論文掲載請求権を認めるべき実定法上の根拠とすることはできない。所論にいう「人格の同一性」も、法の明文の規定をまつまでもなく当然に所論のような反論文掲載請求権が認められるような法的利益であるとは到底解されない。
 ところで、新聞の記事により名誉が侵害された場合でも、その記事による名誉毀損の不法行為が成立するとは限らず、これが成立しない場合には不法行為責任を問うことができないのである。新聞の記事に取り上げられた者が、その記事の掲載によつて名誉毀損の不法行為が成立するかどうかとは無関係に、自己が記事に取り上げられたというだけの理由によつて、新聞を発行・販売する者に対し、当該記事に対する自己の反論文を無修正で、しかも無料で掲載することを求めることができるものとするいわゆる反論権の制度は、記事により自己の名誉を傷つけられあるいはそのプライバシーに属する事項等について誤つた報道をされたとする者にとつては、機を失せず、同じ新聞紙上に自己の反論文の掲載を受けることができ、これによつて原記事に対する自己の主張を読者に訴える途が開かれることになるのであつて、かかる制度により名誉あるいはプライバシーの保護に資するものがあることも否定し難いところである。しかしながら、この制度が認められるときは、新聞を発行・販売する者にとつては、原記事が正しく、反論文は誤りであると確信している場合でも、あるいは反論文の内容がその編集方針によれば掲載すべきでないものであつても、その掲載を強制されることになり、また、そのために本来ならば他に利用できたはずの紙面を割かなければならなくなる等の負担を強いられるのであつて、これらの負担が、批判的記事、ことに公的事項に関する批判的記事の掲載をちゆうちよさせ、憲法の保障する表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれも多分に存するのである。このように、反論権の制度は、民主主義社会において極めて重要な意味をもつ新聞等の表現の自由(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決参照)に対し重大な影響を及ぼすものであつて、たとえ被上告人の発行するサンケイ新聞などの日刊全国紙による情報の提供が一般国民に対し強い影響力をもち、その記事が特定の者の名誉ないしプライバシーに重大な影響を及ぼすことがあるとしても、不法行為が成立する場合にその者の保護を図ることは別論として、反論権の制度について具体的な成文法がないのに、反論権を認めるに等しい上告人主張のような反論文掲載請求権をたやすく認めることはできないものといわなければならない。なお、放送法四条は訂正放送の制度を設けているが、放送事業者は、限られた電波の使用の免許を受けた者であつて、公的な性格を有するものであり(同法四四条三項ないし五項、五一条等参照)、その訂正放送は、放送により権利の侵害があつたこと及び放送された事項が真実でないことが判明した場合に限られるのであり、また、放送事業者が同等の放送設備により相当の方法で訂正又は取消の放送をすべきものとしているにすぎないなど、その要件、内容等において、いわゆる反論権の制度ないし上告人主張の反論文掲載請求権とは著しく異なるものであつて、同法四条の規定も、所論のような反論文掲載請求権が認められる根拠とすることはできない。
 上告人主張のような反論文掲載請求権を認めることはできないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができ、原判決に所論の違法があるとはいえない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。
 同第四点について
 言論、出版等の表現行為により名誉が侵害された場合には、人格権としての個人の名誉の保護(憲法一三条)と表現の自由の保障(同二一条)とが衝突し、その調整を要することとなるのであり、この点については被害者が個人である場合と法人ないし権利能力のない社団、財団である場合とによつて特に差異を設けるべきものではないと考えられるところ、民主制国家にあつては、表現の自由、とりわけ、公共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならないものであることにかんがみ、当該表現行為が公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合には、当該事実が真実であることの証明があれば、右行為による不法行為は成立せず、また、真実であることの証明がなくても、行為者がそれを真実であると信じたことについて相当の理由があるときは、右行為には故意又は過失がないと解すべきものであつて、これによつて個人の名誉の保護と表現の自由の保障との調和が図られているものというべきである(前掲昭和六一年六月一一日大法廷判決)。そして、政党は、それぞれの党綱領に基づき、言論をもつて自党の主義主張を国民に訴えかけ、支持者の獲得に努めて、これを国又は地方の政治に反映させようとするものであり、そのためには互いに他党を批判しあうことも当然のことがらであつて、政党間の批判・論評は、公共性の極めて強い事項に当たり、表現の自由の濫用にわたると認められる事情のない限り、専ら公益を図る目的に出たものというべきである。
 これを本件についてみるに、本件広告は、自由民主党が上告人を批判・論評する意見広告であつて、その内容は、上告人の「日本共産党綱領」(以下「党綱領」という。)と「民主連合政府綱領についての日本共産党の提案」(以下「政府綱領提案」という。)における国会、自衛隊、日米安保条約、企業の国有化、天皇の各項目をそれぞれ要約して比較対照させ、その間に矛盾があり上告人の行動には疑問、不安があることを強く訴え、歪んだ福笑いを象つたイラストとあいまつて、上告人の社会的評価を低下させることを狙つたものであるが、党綱領及び政府綱領提案の要約及び比較対照の仕方において、一部には必ずしも妥当又は正確とはいえないものがあるものの、引用されている文言自体はそれぞれの原文の中の文言そのままであり、また要点を外したといえるほどのものではないなど、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件広告は、政党間の批判・論評として、読者である一般国民に訴えかけ、その判断をまつ性格を有するものであつて、公共の利害に関する事実にかかり、その目的が専ら公益を図るものである場合に当たり、本件広告を全体として考察すると、それが上告人の社会的評価に影響を与えないものとはいえないが、未だ政党間の批判・論評の域を逸脱したものであるとまではいえず、その論評としての性格にかんがみると、前記の要約した部分は、主要な点において真実であることの証明があつたものとみて差し支えがないというべきであつて、本件広告によつて政党としての上告人の名誉が毀損され不法行為が成立するものとすることはできない。名誉毀損の成立を否定した原審の判断は、その結論において正当として是認することができる。論旨は、以上と異なる見解を前提とするか、又は結論に影響を及ぼさない判示部分について原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    香   川   保   一
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    林       藤 之 輔